2019年12月26日木曜日

ジョウゴ沢・裏同心ルンゼ

12月にはいり、タイヤ交換して、冬支度。
アイスクライミングの準備をはじめる。

———が、今年は12月になっても、そこまで冷え込まない。
朝、車のフロントガラスをゴシゴシしたのは数えるほど。。

あー、八ヶ岳まで行って沢が凍ってなかったらいやだなーと、日々検索して情報収集。
やっと12月中旬に裏同心ルンゼなら行けそう、との情報で12月15日にとりあえず行く。

雪は全然なく、晩秋の感じの赤岳鉱泉。
そして裏同心ルンゼは大渋滞。他は凍ってないみたいで、みんなここに集まった。
滝は薄いところもあり、流れが出ていて、ロープは帰るころにはカチコチ。
でも、シーズはじめで楽しかった。

なので、翌週も八ヶ岳へ。

12月22日、今度は、他会の2名も交えてジョウゴ沢。
F1、F2を越えて、右俣大滝で遊ぶ。

右俣大滝も積雪ないから、大きくみえた。
下部でフリーのトラバース練習が、いい感じになってきた。

2019年11月24日日曜日

乙妻山の先の道(戸隠)

乙妻山の先の2261m峰にロープの残骸があった。

ここは地形図では道が続いているが、下草が刈られておらず、藪道で行く人もない。なのに赤丸のところにロープが・・・。

高妻山から見た景色。右が乙妻山、左が2261m峰でその先が岩場になっている。

そこに残されていた朽ちたロープ。

そのあたりは岩場となっている。

夏は誰も行かないけど、春山だと乙妻山~2261m峰~2044m峰~堂津岳をスキーで行く人もいるみたいとなっている。

調べてみると昭和53年10月14日(土)~20日(金)に第33回国民体育大会山岳競技があり、戸隠山系で行われた。

監督1名、選手3名で実施、種目は縦走2回、踏査、登攀を4日間で。
青年男子だと、
縦走A1 上楠川‐(4:45)-P1-(3:00)-八方睨-(1:15)-一不動-(1:00)-戸隠牧場 合計10時間
縦走A2 戸隠牧場-(1:30)-一不動-(1:00)-五地蔵山-(1:30)-高妻山-(1:00)-乙妻山-(2:30)-合ノ峰-(2:30)-奥裾花キャンプ場 合計10時間

どうも国体のために乙妻山-合ノ峰--奥裾花ルートを切り開いたようで、10月で天気が悪い日もあり、しっかりロープを張ったとのこと。その後は結局藪にもどって、ロープもそのままなのかな。

ちなみにコースタイムが随分遅いなと思った。例えば、戸隠牧場から一不動まで1時間30分となっている。—が、よくよく報告書を読んだら、1パーティー3人で55kg以上荷物を持つみたいな、重量の規定があったようで、一人18kg以上は背負わされて競技したみいた。それは大変。

とりあえず、乙妻山の先に大澤通り関連の石碑があったりしないかなと思ったが、かつて人が入って登山道を作っていたなら、何かあれば本とかに載っていそうだけど見かけないから、ないか。。

2019年11月11日月曜日

一不動の石塔(戸隠)

高妻山の登山道、避難小屋がある一不動の看板のところにて。

「あれ?」この先端が尖った石造ってなんだっけ・・と思い、調べてみた。

高妻山は、戸隠裏山十三仏というのが残されており、

一不動(不動明王)、二釈迦(釈迦如来)、三文殊・・・と1745年の年号が刻まれている石の祠がある。
一不動の石の祠は残念ながら失われており、看板だけになっている。

その左横の尖がった石造物は何か?

実はかつて、この辺には「ア・ビ・ラ・ウン・ケン」と梵字が刻まれた石造物があったが、藪に埋もれてしまい行方不明と本に書かれてあった。

なので、ここを通る度に、行方不明の石造物がどこかにないかなーとキョロキョロと探していたが、どうやらこれがその「ア・ビ・ラ・ウン・ケン」の石造物で、誰かが見つけてここに置いたようだった。

いつ見つけたのか調べてみた。

 2004年 戸隠村の石造文化財→行方不明と記載あり
 2009年 妙高高原山岳会(最終号)→見当たらないとの記載あり
 2015年 高妻山の誰かのヤマレコ(7月)→写真ではなさそうだがよく見えない
 2015年 高妻山の誰かのヤマレコ(8月)→写真に写っている

その後もネットで調べていたら、戸隠登山ガイド組合の記事で2014年に見つけたと記載あり。なので、2015年に登山道の整備や草刈りと一緒に一不動に置いたのでしょう。見つかってよかったですね。

四普賢(1745年)の石の祠もそうだが、この十数年で雪に流されたのか、なくなっている。詳細に調べていたはずの文化財が、自分たちの代でなくなるのは何だか残念。

笠谷の播隆上人の石仏は、レプリカを山中に置いて、オリジナルは屋内にある。
お金と労力がかかるが、何か対策はないものか・・

2019年11月8日金曜日

大澤通⑦

江戸時代末期の修験の道として絵図に描かれている大澤通り(おおさわとおり)。(→大澤通りの概要はこちら
大澤通を下記のルートとして、1泊2日で通して歩いてみた。

一不動 → 花川本谷上部を下降 → 1683m岩峰を経て → 裾花川地獄谷上部 → 乙妻山

こんな感じで、沢以外は藪漕ぎ
高妻山(戸隠裏山)大澤通

2019年10月26日土曜日

西岳霊窟探し⑦(本院岳末端-黒滝)

日程:2019年10月26日(土)
ルート:西岳登山口8:00-1400m岩壁9:25-1500m岩壁10:45-黒滝11:20-西岳登山口13:15

本院岳・西岳~一夜山にかけてには、かつて戸隠修験の霊場だったそうだが、1500年代頃には廃れてしまったとのこと。今も山中に人知れず石仏や石祠などが残されていないか、霊場であったであろう窟を探してうろうろ。→西岳霊窟群の絵図


せっかくの紅葉の時期も雨続き。小雨の中、紅葉を見に戸隠に行ってみた。
まずは鏡池で色付き具合を見ようかなと、行くもガスでよく見えず。。残念。

本院岳の末端周辺。いい感じ。

本院岳方面へ。登山道はないけども、何となく道がある。

一時間ちょっと進むと地形図の1400mの岩場に出る。視界悪い。

ちょっとした岩陰。戸隠表山三十三窟にもこんな感じの窟はあったような。。

ルンゼを登る。

1500mあたりの岩場。特に気になるようなところはない。

黒滝の方に行ってみる。紅葉がいい感じ。

黒滝。水量多め。


もうちょっと景色が見えてればなー。
西岳霊窟群の窟探し⑧→西岳第三峰1500m岩壁で窟探しへ

☆☆山行記録一覧☆☆

アルパイン・バリエーション(雪)
鎌尾根-鹿島槍(2019.4.27-28) ☆雪降るとつらい
西岳P5稜(2019.3.23) ☆☆雪稜、リッジと楽しい
飛騨尾根(2018.5.4-5) ★雪敗退
白馬岳主稜(2018.4.28) ☆入山者多く、階段状態
裏同心ルンゼ-大同心南稜・中山尾根(2017.12.23-24) ☆練習に良い
滝谷-クラック尾根-北穂高岳(2017.5.3-4) ☆☆☆スケールすごい
鹿島槍北壁(敗退)(2017.3.19) ★大雪で敗退
権現岳東稜(2017.3.6) ☆延々と歩いてやっと岩場
中山尾根(敗退)(2016.11.27) ★朝が遅くて、時間切れ敗退
コブ尾根(2016.5.7) ☆☆絶景のはず。吹雪いてよく見られず
鹿島槍天狗尾根(敗退)(2016.5.6) ★雪なく、藪尾根
鹿島槍東尾根(2016.4.2) ☆☆☆第二岩峰は高度感があって、◎
赤岳西壁北峰リッジ(2016.3.26) ☆ちょっと混んでた。傾斜ゆるめ
阿弥陀岳南稜(敗退)(2016.3.12) ★過去2回とも敗退。縁がない
大同心稜(2016.2.6) ☆ロープ出し練習に良い
阿弥陀岳北稜(2016.1.16) ☆ちょっと岩場短め
小同心クラック(2016.1.17) ☆練習によい
南岳西尾根-大キレット‐涸沢岳西尾根(2015.5.1-4) ☆☆さすがGW北アルプス
旭岳東稜(2015.3.22) ☆☆また行きたい。
石尊稜(2014.3.8-9) ☆初心者向きのはずも1ピッチ目はちょっと緊張
西穂高沢-西穂高岳(2013.5.5) ☆雪の急斜面の練習に◎
奥穂高岳南稜-前穂高岳(2013.5.4) ☆☆☆長いけど、また行きたい。
奥明神沢-前穂高岳(2013.5.3) ☆雪の急斜面の練習に◎

アルパイン・バリエーション(夏)
錫杖岳左方カンテ(2018.7.22) ☆良いけど激混み
前穂高岳北尾根(2018.7.14-15) ☆どちらかというと体力勝負
二子山中央稜(2013.11.4) ☆マルチ練習
烏帽子岩左稜線(2016.7.23) ☆十何ピッチだけど、途中ロープいるかな
北岳バットレス(4尾根主稜)(2013.7.22) ☆☆☆登れて純粋にうれしい
北岳バットレス(4尾根主稜)(2014.7.26-27) ☆☆☆途中から雨、ツルツルすべる
剱岳-北方稜線(2013.8.14) ☆☆気持ち良い稜線歩き
源次郎尾根-剱岳(2013.8.14) ☆☆初めて一人で行ったから、なんかよかった。
前穂北尾根(8峰-6峰)(2016.7.30-31) ☆道に迷って、敗退。8峰頂上テントは◎
小槍(2016.9.3-4) ☆☆2ピッチだけど、小槍はでかかった
小同心クラック(2015.11.23) ☆マルチの練習によい
稲子岳(左方カンテ)(2015.9.24) ☆マルチの練習によい
稲子岳(左方カンテ)(2016.6.26) ☆マルチの練習によい
美ヶ原‐大文字岩(2017.5.14) ☆ロープ、アイゼン練習によい
一般登山道(雪)
涸沢岳西尾根-奥穂高岳(2019.1.2-4) ☆☆入山者多いし、晴れなら日帰りで
明神岳南西尾根(2017.12.29-31) ☆☆☆人いなく、雪山満喫
蝶ヶ岳(2017.11.23) ☆初冬の足慣らし
木曽駒ヶ岳・宝剣岳(2016.12.3) ☆人多いけど、宝剣岳は危ない
仙丈ヶ岳(敗退)(2015.1.3) ★強風で敗退
早月尾根-剱岳(2014.5.3-5) ☆☆GWでもこわい
赤岩尾根-鹿島槍ヶ岳(2015.3.29) ☆頂上手前はアイス
爺ヶ岳南尾根(敗退)(2015.12.28) ★寒かった。風強かった
爺ヶ岳東尾根(敗退)(2015.1.12) ★大町に大雪警報。車埋まった
針ノ木岳(2016.4.24) ☆のんびり春山
横尾尾根‐槍ヶ岳(2016.12.28-31) ☆☆北アを淡々と縦走
抜戸岳東尾根(敗退)(2013.4.28) ★大雪の翌朝。至る所で雪崩
常念岳東尾根(2013.3.11) ☆☆単独の入門的なルート
池山尾根-北岳(2013.12.31) ☆☆長いけど晴天率◎
池山尾根-北岳(敗退)(2013.1.4) ★トンネル真っ暗で、長くて怖い
北岳-間岳-農鳥岳(2012.11.9-10) ☆☆11月だけど、雪もあり充実
アイスクライミング
黄蓮谷左俣
ジョウゴ沢・裏同心ルンゼ
峰の松目
唐沢岳幕岩左方ルンゼ
広河原沢右俣
高瀬渓谷
広河原沢左俣
乙女沢(2017.2.26)
善五郎の滝(2017.2.13)
裏同心ルンゼ(2017.1.30)
沢登り
裾花川地獄谷(2019.8.10-12) ☆☆☆戸隠の中では一番。ゴルジュの後はナメ地帯。
乳川白沢(2019.8.4) ★きれいなんだろうけど、短い。
鞍掛沢(2018.8.19) ☆☆良かった。
八方睨沢→キレット沢(2017.8) ☆☆☆戸隠の中ではかなりおすすめ。 
西岳沢(2017.8) ★戸隠らしい感じ。薄暗く、見所少なめ。
上楠川百丈沢(敗退)(2017.9.16) ☆戸隠 。ゴルジュはいいけど。
上楠川百丈沢(敗退)(2017.9.10) ☆戸隠。 結構藪がやだ。
楠川不動沢右俣(2017.8.27)  ☆戸隠っぽい。藪がやだ。
高瀬川七倉沢(2017.8.21)
笛吹川釜ノ沢西俣(2017.7.24)  ☆☆☆また行きたい。
楠川不動沢前右俣(2017.7.9)  戸隠。二俣を間違えて行っただけ。
高瀬川大白沢(2017.6.25)
釜ノ沢東沢西のナメ沢(2016.8.20)  ☆良い感じ。
金木戸川小倉谷(2015.8.7-9) ☆☆☆夏休みにおすすめ。
笛吹川東沢釜ノ沢(2015.6.14)  ☆☆何度行ってもよい。
与田切川中小川-越百山(2014.10.18) ☆☆結構よかった。紅葉の時期だからか。
笛吹川釜ノ沢東俣(2014.10.11-12)  ☆☆何度でも行きたい。
北烏帽子沢(2013.11.17)  
赤谷川本谷-谷川岳(2013.9.24)
正沢川幸ノ川(2013.9.1


西岳の霊窟群

かつて戸隠山・高妻山だけでなく、西岳一帯も修験道の霊場だったそうで、明治初期の戸隠村の絵図に真言宗の西光寺の跡が地名として載っている。
ただ、具体的にどこに何があったというのが分かっている訳でもないので、古文書の記述として、または伝承として、西光寺などがかつてあった的な表現に留まる。

戸隠山のように行場の窟が西岳にもあるなら、探して訪ねてみたいが、どこら辺に~という情報はないので、適当に岩場を歩き回るしかない。

藪が少ない春先に山の写真をたくさん撮って、PCで隅から隅まで拡大して、洞穴っぽいところを探して行くくらいか。。例えば、真ん中の下部にある洞穴っぽいものとか。

学術書ではないけど、「戸隠山開山(1981)」という本がある。
写真が粗くよく分からないが、西岳の霊窟群として紹介されているこの本だけでしか見ない絵図。
山が凄い形になっていて、何だかよく分からない絵図だけど、洞穴を探して、いつかこの絵図と辻褄が合う点が出てきたら面白い。

当てもない散策になるけど、何かあったらいいなー。


2019年9月17日火曜日

登山に必要な栄養とカロリー

下山すると痩せている

GWに2泊3日で北アルプスに行って、朝はラーメン、日中の行動食はパンやカロリーメイト、夜は鍋とちゃんを食べてても、家に帰って体重を測ると1.5kg減っていたりする。だいたい、脱水傾向だけど、その後水分をしっかり摂って、3食きちんと食事をとっても、1週間後も1kg痩せたままだったりする。

食べたカロリーより消費カロリーが多い

当たり前だけど、食べているカロリーよりも消費しているカロリーの方が多いから、体重が減ってしまう。行動中の足りなかったカロリーは、筋肉、脂肪を燃焼させて補い、その分が体重として減ってしまう。特に筋肉は水分を含む量が多いので、体重が減ったということはそれだけ、太ももや腕が細くなったということになる。

1日に必要な食事と水分をしっかり取れば体重は変わらないが、登山だと荷物として担げる重さが限られており、足りなくなってしまう。

1日に必要な食事量

厚生労働省は、日本人が1日にどのくらいの栄養成分(カロリー、炭水化物、脂質、タンパク質、ナトリウム、カリウム、ビタミン、他)を取ったらよいか、年齢、性別で詳細に記載した日本人の食事摂取基準(2020年版)を示している。

病気で入院して、鼻や胃にチューブで栄養剤だけを投与して何年も生きていけるのは、その基準に基づいて1日に必要な栄養成分がすべて満たされた栄養剤を投与しているから。

一目で分かるカロリーや炭水化物、たんぱく質、ビタミンの必要量の目安として、栄養等表示基準値(下の図)がある。これは日本人の食事摂取基準の値を性別、年齢、人口などから加重平均したもので、食品のパッケージの栄養表示で「タンパク質を強化」、「ビタミンを1日分を含む」などの文言は、この栄養素等表示基準値から表示することが定められている。

登山中は消費カロリーが増えているので必要量はもっと多いが、厳密に計算してすべてを満たすというのは荷物の関係で現実的ではないので、少しでもこの表の値に近づけられればよい。正確に摂取したい人は、1日の消費カロリーを計算して、医療用の食品タイプの栄養剤を通販で購入し、カロリー分だけ摂取すれば、水分以外はおおよそすべてが満たされる。

どの栄養素が大事か?

熱量(カロリー)、三大栄養(たんぱく質81g、脂質、炭水化物)、食物繊維、電解質(ナトリウム2900㎎(食塩相当量7.4g)、カリウム、マグネシウム、カルシウム、リン)、微量元素(鉄、亜鉛、銅、マンガン、ヨウ素、クロム、モリブデン、セレン)、ビタミン13種類が記載されているが、毎日必ず全部の栄養成分が必要ではない。

余り気にしなくてもよい栄養成分
日帰り~1週間程度の登山で食物繊維は必須ではない。微量元素も短期で足りなくなることはまずない。ビタミンも、ビタミンB1以外は1週間程度で足りなくはならない。

ビタミンB1は足りなくなると脚気(かっけ)などになり、ラーメン、米のみを食べ続けたりすると重篤な症状が出る可能性がある。ビタミンB1が炭水化物(糖質、砂糖)の代謝に関わっているためで、それを予防するために加工食品、例えばチキンラーメンには、麺と一緒にビタミンB1も入っていて、今は食事をきちんと摂ればそこまで気にする必要はない。

気にしたい栄養成分
登山で特に気にした方がよいのは、熱量(カロリー)、タンパク質、電解質(特にナトリウム(食塩))とビタミン(特にビタミンB1)。

日帰り~1週間長期登山や縦走の際に、普段からよく山で食べている加工食品の栄養成分をある程度覚えておくと、それを基準に調整しやすい。

カロリーメイトだと、1本が100 kcal、タンパク2g程度、食塩0.2g程度なので、行動食として8本食べれば、800 kcal、タンパク16.4g、食塩1.6gとなり、ビタミンと電解質、微量元素は困らない程度の種類は入っているので1日必要分以上は摂れる。ビタミンのビオチンとビタミンKは入っていないが、どちらもある程度は腸内細菌から合成される。ちなみに水分が少ないので軽量で、厳冬期も凍ったりせずに普通に食べられる。1日の必要本数をジップロックに入れておくと分かりやすく、下山して余ったら冷凍庫にいれて保存すればよい。

そこからタンパク質を増やしたければ、ソーセージを持っていくとか。タンパク質は量だけでなく、質も大事で動物性のものや大豆たんぱくの方がよい。これらを行動食として、定期的に食べておけばシャリバテも防げる。

もちろんは水分と電解質は大事。

長時間何も食べなくても何とかなるが、脱水になると頭痛やめまい、足がつる、痙攣など大きな問題につながる。水分だけでなく、ナトリウムなどの塩分、糖質が入った飲料(少し塩を加えるとよい)をしっかり摂ることで脱水予防になる。

飲む量の目安は定期的に排尿があるかどうか。普段は午前中に3回くらいトイレに行くのに、早朝からの登山で全くトイレに行きたくなっていないのなら、もう脱水で水分が足りていない事になる。行動食を摂りつつ、行動中も1日に水分を冬山なら500ml以上、夏山なら1200ml以上は飲んでおきたい。

ちなみに何を食べようが、カロリーとタンパク質は足りてないので、朝と夜の食事時にはお肉多め、塩分多め、脂肪多めで少しでも補い、あとは体に蓄えられている脂肪と筋肉を燃やすしかない。


戸隠山の信仰遺構ガイド

『戸隠(とがくし)』とは―、

長野市の北部にあるちょっと標高の高いところで、春は雪解けの自然園で水芭蕉が見られて、夏は百名山の高妻山や岩々の戸隠山に登れて、秋は鏡池の紅葉を見て新そばを食べられて、冬は飯綱山でスキーをして森をスノーシューで散策できて、そして戸隠神社があるところ。

神社の案内によると明治初期までは神社でなくお寺で、その起源は842年頃の平安時代までさかのぼり、昔から日本有数の霊地として知られ、多くの人が戸隠を訪れていたとのこと。

戸隠神社案内板(要約)
『戸隠神社は、奥社・中社・宝光社の三社からなっており、平安時代から修験道が行われ、日本有数の霊地として知られていた。

 縁起によると学問行者が修験を始めた842年頃が戸隠寺(奥院)の起源で、その後に宝光院(1058年)、中院(1087年)が開かれた。明治になり神仏分離により、寺を廃して、奥社・中社・宝光社となり、今に至る。』

絵図に描かれた江戸期の戸隠

江戸期の戸隠を描いた信州戸隠山惣略絵図を見ると、右下「一ノ鳥居」から参詣の道が戸隠山顕光寺「宝光院」「中院」「奥院」へ続き、絵図の上辺には一夜山から西岳・本院岳、戸隠山、高妻・乙妻山の山々が、戸隠山顕光寺と一緒に信仰の場として描かれている。

戸隠山顕光寺は戸隠神社へと変わったが、江戸期の絵図に描かれた多くの信仰の場所が、今も戸隠に大切に残されており、訪れることができる。絵図(信州戸隠山惣略絵図(白黒版))は、信州デジタルコモンズより見られる。

善光寺から戸隠へ至る戸隠道

かつて全国から戸隠を訪れた人は、戸隠道という参道を歩いていた。主な参道は善光寺からの道で、要所にある石の道案内を頼りに峠道を進み、途中の茶屋で力餅を食べて、「一ノ鳥居」を目指した。

「一ノ鳥居」には、かつては大きな石の鳥居があり、ここから戸隠山が見通せた。石造りの鳥居は弘化4年の大地震で倒れてしまったが、今でも鳥居の一部がそのまま残されている。
「一ノ鳥居」からは丁石を辿りながら進み、今は蕎麦屋がある「大久保」を通って、「宝光院」と「中院」の分岐を示す石の道標へと進む。
石の道標には、「左 ほうこういん(宝光院) 右 ちゅういん(中院)」と刻まれている。
「一ノ鳥居」から続く丁石と途中にいくつかある石の道案内を頼りに「宝光院」「中院」を巡り、絵図の真ん中左、今の戸隠神社奥社である「奥院」へと至る。この「奥院」の背後の山中には色々な修行の行場が描かれている。

戸隠表山三十三窟

絵図に○○窟として描かれている修行の行場は、戸隠山の山中に三十三あり、窟(くつ)という。窟はちょっとした洞穴のような小さなものから、岩陰のようなところなどさまざま。

縁起には、学問行者が九つの頭と一つの尾を持った鬼を岩屋に封じた話があり、岩屋(洞穴、岩陰、窟)が信仰の場となっている。実は戸隠神社奥社も窟で、それを覆うように社殿は建てられている。奥社は第一の本窟、その近くの九頭龍社も第二十四の龍窟となっているが、窟は秘所とされ、見ることはできない。
戸隠神社奥社から戸隠山へと登る登山道沿いにも三十三窟があり、登山道沿いの百間長屋は絵図中の「長岩窟」で岩壁の基部が大きくえぐれた岩陰の窟となっている。
その先にも絵図に描かれている「西窟(さいくつ)」があり、垂直の岩壁を鎖伝いに登ると中に石祠、石像などが残されている。修験者はこれら山中の三十三の窟をめぐり、回峰修行していた。

戸隠裏山十三仏・大澤通り

戸隠の奥院、三十三窟がある戸隠山一帯を戸隠表山というの対して、一不動から高妻山・乙妻山、その先の両界山までの尾根とそれに囲まれた奥裾花一帯は戸隠裏山という。

絵図の左上の戸隠裏山には、十三の仏が描かれているが、これらは戸隠裏山十三仏といい、今も高妻山・乙妻山登山道沿いに十三の石祠の一部が残されている。
その他に戸隠裏山にはかつて修験者が窟や滝などの行場を巡って回峰した大澤通り(おおさわどおり)という修験者の道もあったとされているが、すでに廃道になっている。戸隠神社の青龍殿には大澤通りの行場を描いた「回峰行場絵図」が残されているが、どこを通ったのか分からないとされている。

西岳の霊窟群



絵図中ほど左には、いくつか○○寺跡がある。これは1468年頃、天台と真言の徒が修験の修法をめぐって争い、滅びた真言の寺跡とされている。今も鏡池の奥には真言の西光寺跡といわれる場所があり、西岳・本院岳から一夜山にかけて、かつて真言の行場があったようだがその遺構などは確認されていない。

戸隠表山(三十三窟)、戸隠裏山(十三仏、大澤通り)、西岳一帯の真言の行場(霊窟群)の位置関係はこんな感じで、これらの信仰の遺構は登山道沿いにあるものの他に、今も山中にひっそりと残されていると考えられるものもあり、少しずつ山中を巡って探している。

*絵図は戸隠神社中社の青龍殿にてお土産(800円)として販売しているが、現在コロナのため青龍殿は閉鎖中。

2019年9月16日月曜日

西岳霊窟探し⑥(西岳沢)

日程:2019年9月15日(日)、晴れのち曇り
ルート:西岳登山口8:00-西岳沢-本院岳ジャンダルム基部12:00-登山口16:00

本院岳・西岳~一夜山にかけてには、かつて戸隠修験の霊場だったが、1500年代頃には廃れてしまったとのこと。人知れず石仏や石祠などが山中に残されていないか、霊場であったであろう窟探し。→西岳霊窟群の絵図

いつも気になっていた本院岳の1836m峰(ジャンダルム)の南西岩壁の基部に行ってみた。
写真の右の岩峰が1836m峰、左のピークが本院岳あたり。

上から見下ろすと、1836m峰の岩壁基部に洞穴があるように見える。

まずは西岳登山口から沢沿いに西岳沢を遡行し、途中から枝沢に入り、1836m峰方向へ。

途中で稜線から場所を確認したら、崖の上で丁度真下だったので50mロープいっぱいで下降。

本院岳ダイレクト尾根の過去の記事に大伽藍のような地形とあったが、確かに周囲を岩壁で囲まれ、正面の岩壁も覆いかぶさるような感じ。

早速、基部の洞穴のようなところへ行ったが、実際はちょっと窪んだ岩陰程度で想像と違った。

こちらから見ると洞穴には見えなかった。

周囲には岩場が続いており、他にもちょっとした洞穴のような形状もあるが、そんな大きくもない。


反対側の岩壁にも洞穴のような場所があり。



景色もよく、とてもいい感じの場所だった。ちなみに修験者がここで修行してました的なものは何も見かけず。そもそも、ここへロープ使ってきちゃったし。。

西岳霊窟群の窟探し⑦→本院岳の黒滝周辺で窟探しへ