2020年4月25日土曜日

九頭龍山右稜(敗退)

何でも自粛で記録整理。

3月に九頭龍山右稜に行ったが、トラブルがあって数ピッチ登って敗退。


このあたりから、ロープ出した。草付きからの樹林帯を通過。ちょっと岩場を越えて、稜線に出る感じ。

正面に核心。この辺りで13:30だったので、適当に沢に降りて、下山。


西岳霊窟探し⑧(西岳第三峰1500m岩壁)

何でも自粛で記録整理。

去年大沢に行ったときに通過して何もなかったし、あやしくもなかったから、スルーしたけど地形は素敵だった。戸隠っぽい。





何でもない岩壁。岩陰と言われればそうだけど、ちょっと三十三窟には見られない感じ。 


これもついでに記録として。西岳の林道沿いに道路から見えるところに大岩がある。僧ヶ岩(僧野岩)というのがどこかにあって、飯綱山の御座岩と夫婦岩らしい。これかどうかは知らないけど。

西岳霊窟群の窟探し⑨→大沢右俣で窟探しへ

裾花川地獄谷②

ルート:地獄谷1550m7:15-二俣7:45-左俣-ウロコ状スラブ10:00-乙妻山12:45-高妻山13:50-戸隠牧場16:20
メンバー:2名

何でも自粛ですることないので記録整理。去年の秋の地獄谷遡行。

裾花川本谷は百名谷だけど、地獄谷も良い感じ。ただ、どちらの谷もアプローチが悪い。

前回も今回も主目的が戸隠信仰の大澤通り探しだったので、途中で地獄谷を通過したかたち。丁度夏が地獄谷の下部、秋が上部を遡行したことになった。

なので、スタートは途中の地獄谷1550m地点から。ナメ地帯で少し進むと登山大系でいう二俣の手前辺り。高妻山からの稜線からみると地獄のような谷だろうけど、ナメが続いていて、いいところ。



滝がいくつかあるけど、巻くのは簡単。進むとまたナメが続いている。


標高があがると、山の稜線が見えてくる。ウロコ状スラブがきれい。



ちょっとロープ出したけど、余り立ち木もないし、適当に登る感じ。最後は藪を少々漕いで乙妻山山頂に抜けた。



高妻山の青銅鏡を見て、あとは戸隠牧場に適当に下山。

2020年4月12日日曜日

戸隠表山三十三窟④(13~17窟/33窟)

戸隠表山三十三窟とは、戸隠山周辺にある窟でかつて修験者が修行していた。第一番目の本窟から三十三番目の大多和窟まであり、石祠などが納められている。

戸隠神社奥社の本窟と、九頭龍社の龍窟の2窟は建物に覆われて見れないが、残りの31窟は山の中にある。ただ、訪れる人も少なく、道が途絶えて久しい。

戸隠表山三十三窟について → 三十三窟とは
戸隠表山三十三窟を順に巡った記録 → 戸隠表山三十三窟めぐり①

三十三窟への道は藪に覆われているため、残雪期に行った方が藪がなく地形の見通しもよい。前回に続いて、まずは遠くから見ると三角形の洞穴がある岩壁へ向かう。

三角形の洞穴

今回はロープ持って、草付きに抜けそうなイボイノシシ2本で支点取って、あと5mほどのとこまで登ったが、上部を見ると下降の支点が取れなそうで途中でやめた。内部に石祠や信仰の遺構的な何かがありそうで気になるが、また次回に持ち越し。

その後は、三十三窟である東窟の方へ進む。
近くにちょっとした岩陰があった。写真で見る限りでは何もなさそう。



東窟

ここは大事な窟で弘法の護摩所ともいうらしい。


窟内には石祠が2基と弘法大師像がある。

昭和16年の石祠。正面に薬師如来と刻まれているはずだけど読めず。

弘法の護摩所での山籠もりでは、どんな感じか――、

「長野(長野郷土史研究会)」に天保十一年(1840)義賢行者の参篭(さんろう)の話が出てた。紀州の義賢行者が弘法の護摩所に不動尊を納めて、三七日(21日間?)参篭した後、越中立山へ向かったということが戸隠神社の「雑宝記」あるとのこと。

一段下にある窟内には水が溜まった場所。赤水というらしい。

日中窟・鷲窟・金窟

裏に回ると、こちら側にも窟がある。石祠などはなし。



中窟

東窟のある岩場から大岩壁の基部をたどって行くとある。
何だか場所がはっきりしないし、洞穴、岩陰でもないが、おそらくここであろう。何もなし。



その後は適当に沢を下りる。
大きな岩。少し基部がえぐれていたが、特に何もなし。


もう少し下降したところにも、雰囲気のある岩場。でも特に何もなし。



あとは沢をたどって下山。

これで、戸隠の石造文化財の本に出ている三十三窟だと、17窟/31窟巡り中。