2022年6月19日日曜日

七曲りの馬頭観音はどこに④【完】

最後にもう一度、戸隠山とか色々行きたいと思っていたけど、結局は3月末に七曲りの馬頭観世音の水鉢探しだけ行けた。(→七曲りの馬頭観音についての経緯はこちら(馬頭観音はどこに①)

善光寺から戸隠へ向かう途中にカーブが続く七曲りがあり、途中に馬頭観音の案内板はあるが、当の馬頭観世音の水鉢がどこにも見当たらずに探している。去年4回行って見当たらなかったけど、雨が降ると地形も変わるし、水鉢の一部が出てくる可能性もあるし。。
「戸隠古道を歩く(平成14年刊)」には水鉢の説明版と聖観音立像が2つならぶ写真がでており、どちらかが見つかれば、探している馬頭観世音の水鉢も近くにあることになる。聖観音立像2つは、「長野市の石造文化財(昭和58年刊)」「芋井の石造文化財(平成19年刊)」に掲載されているNo.10、No.11に該当する。

3月末に毎度同じように長野市水道路を辿って、七曲りの旧道に入る。ふと、倒木の脇を見ていたら、これまでは気が付かなかった聖観音立像が倒れていた。背中側しか見えないが、寛延と彫られており、これが上記写真の聖観音立像(No.10)と思われる。すぐ山側にも聖観音立像(No.11)があり、この横に水鉢の説明版があるはずだが、探しても見当たらない。
聖観音立像(No.11)の周辺、しかもすぐ側に馬頭観世音の水鉢があるか、埋まっていると思われるが、結局分からなかった。
逆に去年見つけたもうひとつの水鉢は、土砂に埋もれてしまっていて、完全に見えなくなっていた。真ん中の笹の手前を掘れば出てくるとは思うけど。
何となくの場所は分かったし、ひとまず馬頭観世音の水鉢探しは終わり。「七曲り」と検索すると、心霊スポット的なのしか出てこないけど、昭和のはじめに道路を作ったときに石造物の場所を移設したり、その後も埋まりかけた馬頭観世音を再度探して、道路沿いに看板も整備したりと、「七曲り」は旧道になってほとんど使われなくなっても地元の人が大事にしてきた道ってことがよく分かる場所。
山の中にあるものを気まぐれで探しても、それに意味があると思う次の人に引き継げないと意味がないし、とりあえず今は土砂に埋まっていてもここにありますよという情報が残っていればいいのかな。

戸隠表山三十三窟⑨(~29窟/33窟)【完】

戸隠山の三十三窟の内、東端にある知恵窟に行ってみた。(→戸隠表山三十三窟についてはこちら

参考にしている戸隠村の石造文化財の本には、知恵窟の場所が他の窟に比べて随分と東に離れているため、一応この窟を知恵窟とするという感じで記載されている。場所は、地形図の九頭龍山の東側尾根にある1504mピーク辺り。
年末頃に戸隠神社随神門から続くスキーのトレースを辿って、1258ピーク辺りから北上して尾根に取り付いた。尾根を進むと途中にひとつ岩陰があった。高さが1m、奥行きも1m、幅8mくらい。何か人工物がある訳でもないけど。
その他にも周囲を岩壁で囲まれたような地形もあり、少し基部が洞穴っぽくなっているところもあったが、特に何も人工物はなし。

知恵窟

何だかんだで、1504mピーク近くにある知恵窟に到着。本の写真と見比べて岩模様が同じだから、この岩陰と思われる。岩壁の基部に位置していて、足元は沢筋が広がっていて景色はよい。
今回の知恵窟で29窟を巡ったことになり、大隈窟、小隈窟の2窟(高所のため行けないらしい)、戸隠神社奥社(本窟)、九頭龍社(龍窟)の2窟を合わせると、一応、三十三窟を行ったことになる。

三十三窟まとめ

2018年9月~2020年12月で訪れることが可能と思われる29窟を巡った。

余り訪れる人がいないためか、多くの石祠が倒れており、戸隠村の石造文化財(2004)に掲載されいる石祠の内、金剛窟にあった野池らの2つの石祠が失われていた。野池らの石祠は傘石、身、台石の3つから構成されてバランスが悪く、動物などが倒すと特に身が窟の外側に転がってしまい、雪崩などで谷側に流されてしまうのかもしれない。帝釈天窟の本心行者の石碑は折れてしまっていた。

未報告のものとして、姫野師らの地蔵尊の石祠と台石、天光雷音の石祠と台石、五色窟近くの岩棚に台石のみが1つと、野池らか姫野師らか分からない台石が1つの計4ヶ所の無名窟があった。また、専門書に以前あったと記載されている不動窟と帝釈天窟の間の鎖場はまだ残っていた。

考察にはなるが、三層窟にある天照大御神と刻まれた石祠は、本来は三層窟の背後の岩壁中腹にある天岩屋に納めるものを、そこまで行けないので野池らが三層窟に納めたと思われる。天岩屋はその窟の形から、長野縣町村誌の仙人窟に該当すると思われる。(三層窟と天岩屋の考察 → こちら

長野縣町村誌の大隈窟と小隈窟については、三十三窟の中で一番標高が高いところにあるように描かれ、左が丸みをおびた三角形、右が丸形になっている。同じような形と位置関係の洞穴があるにはあり、標高もその他の窟と比べて一番高いが、中に石祠や人工物は何もない。(三角形の窟 → こちら

これまでの戸隠山の三十三窟の場所などを整理するとこんな感じ。
赤■が戸隠表山三十三窟、紫■は無名窟(石祠あり)、青■は岩陰(人工物なし)【完】

西岳の霊窟群探し⑩(西岳元穴)

長野市の鬼無里(きなさ)の西岳の山奥に洞穴があるらしい。

謎の洞穴というわけではなくて、鬼無里にある三嶋神社の発祥の地で、西岳の洞穴・元穴(もとあな)(地元では穴小屋(あなごや))と呼んでいるらしい。「むしくら」虫倉山系総合調査研究報告(1994)の信仰的講集団と石造物(P516)に記載されている。
位置の地図はあるが、林道西岳線を戸隠から一夜山方面に進んで、地形図の1238mピークの西側辺りらしく、ちょっとふわっとした情報のみ。

また、元穴は岩壁の根本に口を開けており、間口は4~5m、高さは4m、奥行きは2m、岩壁の頂上には向き合う2つの峰があり、その姿をヂイサン、バアサンと呼ぶとのこと。

4月頃に行けば、雪は解けて藪は雪の重みで倒れたままなので、元穴を確認しやすいかなと思って行ってみた。林道西岳線を品沢高原から入り、途中で西岳の岩壁に上がり、基部沿いに洞穴がないか、確認しながら一夜山方面へ進んでいった。
位置情報の通り、地形図の1238mピークの西側に洞穴と呼べるものがあった。間口も記載の通りな気がする。一つだけ引っかかるのは岩が重なりあって洞穴に見えるだけで、雨が降ったら洞穴内部も雨水の通り道になりそうなところ。この場所に案内板や何かの名残などはないけど、周囲にほかに洞穴と呼べるものはなさそうだった。
少し下りて林道からみると、稜線に向き合う2つの峰らしきものもあった。
場所はこの辺り。誰か来ることあるのかな。。