2021年3月28日日曜日

三十三窟の考察③(三層窟と天岩屋)

江戸末期から明治初期にかけて、荒廃していた戸隠表山三十三窟の再興に取り組んだ野池久左衛門の一派の資料にある「第三 三層窟」と「第四 天岩屋」。
資料からは、天岩屋は行くことができないので祭神である天照大御神の石祠を三層窟に置き、そこから拝んだと解釈できる。実際、三層窟にある石祠(天照大御神)の背後の岩壁中腹に岩屋がある。
この天岩屋と思われる岩屋に行ければ何か分かるかも―、と残雪期に訪問してみた。正面からは難しいので雪がついているであろう側面からアプローチし、トラバース気味に行けばこの岩屋に近づけるのではと考えたが―、。。
実際は側面も傾斜が急で、少し時期が遅かったのか微妙に雪の付き方が悪く、途中であきらめた。また来年3月上旬の天気のよい早朝に行くか、上部に立ち木があるので懸垂下降でアプローチするか、岩屋がどんな感じか見てはみたいが。。色んな角度で写真を撮って下山。
ところで明治初期の各村の詳細が書かれた長野縣町村誌(北信編)の戸隠村の項にある図の中にこの岩屋に似た窟がある。

三拾三窟ノ圖(戸隠表山三十三窟)」の図で、仙人窟の形が似ている。三層窟の背後の岩屋に描かれていて、仙人でないといけないかも―、という感じの窟なのかもしれない。

三層窟と天岩屋の考察① → こちら

仙人窟を訪ねた記録 → こちら