2020年1月9日木曜日

戸隠表山三十三窟③(8~12窟/33窟)

 戸隠表山三十三窟とは、戸隠山周辺に分布している岩陰、岩屋、洞穴でかつて修験者が修行したところ。第一番目の本窟(戸隠神社奥社)から三十三番目の大多和窟まであり、石祠などが納められている。
戸隠神社奥社の本窟と、九頭龍社の龍窟は建物に覆われて窟は見れないが、残りの31の窟は山の中にあり、「戸隠村の石造文化財(2004)」という本に詳しい。(→戸隠表山三十三窟についてはこちら

春先に、戸隠表山にちょっと気になっている洞穴があり、見に行った。
2つあり、遠くから見ると三角形で洞穴っぽい感じのものと、その右側にも洞穴っぽいもの。



岩壁の真下まで行くと、意外に壁が立っており、登るのが難しそう。登攀道具もないし、今回はパス。

すぐ横の洞穴も見に行く。中の空間はちょっと広め。石祠とかは何もないけど。


無名窟

そこから50mほど下ると、岩場に窟があった。しかもひっくり返ってるけど石祠が置かれている。


昭和16年のものっぽく、「地蔵尊」と彫られており、横に台座もある。戸隠村の石造文化財の本には載っていない感じ。



この石祠は…

昭和17年12月9日の雪が降る中、三十三窟それぞれに安置された石祠だそうで、多くは正面に祭神、側面に昭和16年と施主が刻まれており、塔身と傘が一つの石から掘られて一体となってて、台座にのせて安置されたものらしい。「霊峰戸隠の秘境に 千古の遺跡を探る(1973)」に、30人以上の人々が背中に石祠1セットを背負い、蓑をかぶっている集合写真が載っており、三十三窟の保存・復興に努めたとのこと。

「地蔵尊」と刻まれているので、調べられたところ、中天窟(第三)の延命地蔵菩薩なのかもしれないが、よく分からない。ひっくり返った石祠はさわらずにそのままにしておいた。その後は岩壁を右へと進み、塔ヶ岩へ。

般若窟

ここは洞穴の入口が般若の口の形らしい。石祠が4基置かれている。4基とも塔身と傘が一体となっているので、これらも昭和17年に安置されたものらしい。

戸隠村の石造文化財(2004)の本では、4基とも自立していたが、今は3基は倒れてしまっていた。正面の一番原型をとどめている石祠は、「般若尊」と刻まれていたようだがもう読めず、奥の石祠は風化が激しく、2004年より明らかに塔身が細くなっている。どんな環境にさらされるとこのような形状になってしまうのか。さわらずそのままに。

獅子窟

般若窟のすぐ横にある窟。「天地神」と彫られた石祠がある。ちょっと読みづらくなっているような。。


妙法窟

塔ヶ岩から東に下った岩の基部とのことで、このあたりかな。良く分からないが。。




弁天窟、経蔵窟

塔ヶ岩から少し登った岩壁にある。ここにも1941年の石祠が1基あり。飯綱山の眺めは良いが、崖の上なので登ったあと安全に下りれるか心配になる。

今回で12窟/31窟訪問となった。また続きを行きたいな。